娘は去年の春、大学を卒業しました。
そして数日後には、家を出て自衛隊に入りました。
4年間でかかったお金は、私立の文系で、だいたい500万円ほどです。
借りた奨学金は、1円もありません。
先に、正確なことを書いておきます。返済のいらない給付型の奨学金は、10ヶ月だけいただきました。月に1万円です。ただ、それも途中で終わりました(この話は後で書きます)。
ですので「奨学金をまったく使わなかった」わけではありません。でも、娘の名前で借りたお金は、ゼロです。
我が家は母子家庭です。離婚したのは娘が高校2年、息子が中学1年のとき。手取りは月19〜20万円でした。
その状態から、どうやって用意したのか。全部書きます。
用意したお金の、内訳
| 出どころ | 金額 |
|---|---|
| 養老保険の払戻金 | 1,948,238円 |
| 児童手当 | 約1,980,000円 |
| 祖母(私の母)からのお祝い金 | 1,000,000円 |
| 叔母から(パソコン代) | 70,000円 |
| 給付型奨学金(月1万円×10ヶ月) | 100,000円 |
| 合計 | 約5,090,000円 |
見ていただくと分かるとおり、全部を自分で貯めたわけではありません。
祖母と叔母、それに制度からの助けを合わせると、117万円あります。
ですので、これは「シングルマザーが一人で500万円貯めました」という話ではないのです。そこは正直に書いておきます。
でも、逆に言えばこういうことでもあります。
ひとつでは届かなくても、組み合わせれば届く。
3歳から、月1万円を積みました
娘が3歳のころから、月に1万円ずつ積んでいました。
ただ、これは学資保険ではありません。養老保険という商品でした。
保険屋さんに勧められて入りました。正直に書くと、なぜこれを選んだのか、私は覚えていません。教育資金として貯まればそれでいい、と思っていたので、中身を詳しく聞かなかったのです。
18歳までの15年間で、180ヶ月。積んだ額は180万円です。そして受け取ったのが、1,948,238円でした。
15年かけて、増えたのは15万円ほどということになります。
今の私なら、たぶん選びません。同じ15年を別の方法に回していたら、と考えてしまうからです。それに、中身を聞かないまま決めることも、もうしないと思います。
でも、これは書いておきたいのです。
当時の私には、これしかありませんでした。
投資という選択肢を、私は知りませんでした。仮に知っていたとしても、子どもは小さいし、離婚もまだで、毎日をまわすだけで精一杯でした。勝手に引き落とされて、勝手に貯まる。その仕組みだったから、15年も続いたのだと思います。
そして実際、これに助けられました。
昔の自分の選択を、今の知識で否定する気にはなれません。

児童手当は、一度も使いませんでした
いちばん効いたのは、もしかするとこれかもしれません。
児童手当は、全額を別の銀行口座に入れていました。生活費の口座とは分けて、そこからは引き出さない。やったことは、それだけです。
合計すると、だいたい198万円ほどになりました。
正直に書くと、この金額は記録が残っていません。「たしか、これくらい」という数字です。
でも、はっきりしていることがあります。
生活費の口座に入れていたら、間違いなく使っていました。
手取り19万円の生活です。目の前にあるお金は、消えます。だから、目の前に置かなかっただけです。強い意志ではなくて、仕組みの問題でした。
お金はあったのに、間に合いませんでした
ここからが、いちばんお伝えしたい話です。
この養老保険のお金が振り込まれたのは、12月でした。
ところが、大学に払うお金が必要になったのは、高校3年生の秋だったのです。
入学準備金として、552,500円。
間に合っていません。
用意はしてあったのに、必要な日には、まだ手元になかったのです。
そのとき何で払ったかというと、使わずに置いてあった児童手当の現金でした。
保険と児童手当は、私の中では別々の準備でした。片方は保険、片方はただ貯めておくだけ。その2つが、ここで繋がりました。
もし児童手当を使ってしまっていたら、あの秋、私は本当に困っていたと思います。
教育費は「いくら用意するか」だけの話ではありませんでした。「いつ手元に来るか」も、同じくらい大事でした。
学資保険でも養老保険でも、教育資金のために保険を積んでいらっしゃる方は、満期のお金がいつ振り込まれるかを、一度確認してみてください。受験の年の支払いは、思っているより早く始まります。
給付型の奨学金は、10ヶ月で終わりました
返済のいらない奨学金を、月に1万円いただいていました。
10ヶ月で、10万円です。
そこで終わりました。継続の条件を満たせなかったからです。
ここは、ご存じない方もいらっしゃると思うので書いておきます。
給付型の奨学金は、決まったら終わり、ではありません。
続けていただくには条件があり、その状況を機関へ報告する義務があります。それを怠ったり、条件から外れたりすると、止まります。
「返済がいらない」と聞くと、決まった時点で安心してしまいそうになります。でも実際は、在学中ずっと続く手続きでした。
ですので、給付型をあてにして4年分の計画を立てるのは、少し危ないと思います。止まることがある前提で考えておいたほうが、あとで慌てません。
それでも、足りませんでした
ここまでで、用意できたのが約509万円。かかったのが約500万円。
数字だけ見れば足りているように見えますが、実際は4年目に足りなくなりました。
不足分は、賞与から出しました。いくら出したかは、記録していません。数万円だったと思います。
それから、「学費」と書かれている金額のほかにも、お金はかかります。我が家の場合はこんなものでした。
- 入学時の諸費用:50,946円
- 海外語学研修の旅費:120,000円
- パソコン:70,000円(叔母が出してくれました)
50,946円という半端な数字をそのまま書いたのは、これが実際に出ていった金額だからです。教科書、通学の定期、こまごました費用。そういうものが積み重なっていきます。
「学費」の金額だけでは、終わりませんでした。
それでも、借りさせなかった理由
ここまで、お金の話ばかり書いてきました。最後に、なぜこうしたのかを書いておきます。
各ご家庭の方針があると思います。そのうえで、私の方針はこうでした。
学生の間は、親が教育費を用意する。
ただし、条件があります。学習する目的があるなら、です。
もし「みんなが進学するから」とか「働きたくないから」という理由で進学するのであれば、私は子ども自身の名前で奨学金を借りさせていたかもしれません。そこは、はっきりしています。
私自身も、親に大学まで出してもらいました。両親には感謝しています。今の仕事にも繋がっています。
してもらったことを、子どもにしただけ、なのかもしれません。
それに、何百万円もの借金を背負って社会に出るのは大変だろう、という親心もありました。22歳の春に、返済が始まる人生。そう考えると、できることなら背負わせたくなかったのです。
ただ、これは我が家の考え方です。
正解も、こうすべきということもありません。
奨学金を借りて進学された方を、私はまったく否定しません。借りてでも進む、という選択にも意味があると思っています。
おわりに
娘は大学を出て、自衛隊に入りました。
息子は、進学を選びませんでした。
二人とも、借金は背負っていません。
私にできたのは、それだけです。



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